Go Home.


充満する錆びた匂いに眩暈がした。
けたたましい銃声も阿鼻叫喚も最早無く、耳障りな全ては一切の動きを停止し、ガラクタの如く地面へ突っ伏している。
肉片が隙間無く埋め尽くす土の上、動くものは自分だけだった。
握り締めていた物が指先から離れる。
すぐ後に足元へ転がった、生々しい程精巧なガラクタの腕。
緩慢に向けた視界に入ったのは見慣れすぎた男の顔だ。
見開かれたままの瞳が食い入るようにこちらを見ている。
溜息とともに右手を伸ばした。
幼馴染みの寝汚さは誰よりも知っているから、起こす事は最初から諦めている。
「目ぇ開けたまんま寝る奴がいるかよ、全く………」
瞼を閉じてやろうとして、自分の指先が赤黒く汚れている事に気付く。
そのまま触れるのは流石に躊躇われて、上着の裾を引っ張り、拭いた。
「落ちねぇな、」
不快感に眉間を寄せる。
拭っても拭っても落ちぬ赤に、苛立ちが沸いた。
「―――あ、」
ブツ、と皮膚が破ける音と間の抜けた声が重なる。
ひらりと舞う、汚れた一片の爪。
途端に噴き出した鮮血を、なす術も無く眺める。
指先の汚れを拭い去る事すら出来ずにいたのに、これ以上汚れてしまってはどうしようもない。
仕方なく再び伸ばした反対の手で、男の瞼を下ろした。
少しだけ赤い染みみたいなものがついてしまったが、よくよく見れば男の顔も十二分に汚れていたので、構わないだろうと開き直る。
爪を失った指先が、やたらと熱く脈打った。
まるでそこから全身へ巡る血流が何かを訴えているようで、酷く煩わしい。
「なぁ、ミヤビ、よぉ」
眠る男の名を呼ぶ。
「雅、俺たちはなんで、」
何故、こんな処にいるのだろう。
妹の夫となった幼馴染みと、水を汲みに出たのでは無かったか。
それがどうして、雅は地面で眠り、自分はバケツも持たずに、こんな野原に。
「なぁ、いい加減起きろよ、お前」
虚ろな双眸で見上げた空は薄暗く淀み、今にも降り出しそうだ。
釣りどころでは無くなったと舌打ちしながら男の隣へ膝を着く。
「雅、おい」
その頭を何度か小突く。
視界が滲んでどうにも見え難い。
肩を揺らそうと伸ばした指先は土を探り、胸も、腹も、見つけられない。
辺りを舞う埃に喉が嗄れたのか、辛抱強く呼ぶ声が掠れた。
「雅、なぁ」
一向に目を覚ます気配の無い男の頬へ、小さな雫が一つ。
「ほら、雨降ってきちまったじゃねぇか。帰ろうや、雅」
みやび、と。
繰り返しその名を呼ぶけれど、見下ろした唇はいつまでも頑固で。
起こすのは諦めて、両腕でその頬を包み胸元に抱いた。
「お前、随分軽くなったなぁ」
あやすように柔らかい前髪へ唇を寄せると、ようやく雅は笑う。


―――惣介、


「あぁ、帰ろうな。雅」



fin.

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