*もうどうにも止まらない


「ヤだったら殴ればいんじゃないっすか」
硬くはないが、ベットのように柔らかくもない体育マットに俺の背中を押し付けて、有坂は笑いもせずにそう言った。
もともと高校生離れした強面なのだから、そんな真面目な顔されたら余計怖いだろう。呆れたように思って、溜息を吐く。するとその態度に短気を起したのか、上に覆いかぶさっている後輩が顔を寄せた。
手を加えた気配の無い短い前髪が、ていねいに染色している俺の髪に触れる。
鼻先が触れそうで、吐息は微かに唇を揺らす。
その近すぎる距離に戸惑った。
「……有坂、ちょっと、」
「だから。嫌だったら、嫌がってください」
「………イヤがってんだろ」
「本気で」
「だから俺はマジにな、」
「嘘だ」
断言するや否や、すぐ目の前にあった顔がさらに近づいて、思わず強く目を閉じる。柔らかくて熱い、それに少し乾いた感触が、不器用に口を塞いだ。
熱が伝染する。
(熱ィ)
驚く程。
せんぱい、と、俺よりも低い声が囁いた。なんだと返す間も、唇は離れない。
「嫌じゃ、ないんすか」
「イヤだろ」
瞼は持ち上げられなくて、でもそのままではどこか居心地が悪いから、気力で目を開けて有坂を睨みつけた。
「イヤだっつってんだろ。何聞いてんだよてめぇは」
別にこの後輩のような強面でも体格がやたらと良いわけでもないが、こうやって凄めば大概の奴は一歩引くというのに。
引くどころか眉間に皺を寄せた真剣な顔で、嘘だ、と呟く。
「だって先輩、さっきから全然力入ってないじゃないっすか。逃げる気、あるんすか?」
「………馬鹿力」
忌々しげに舌を打って顔を背けるけれど、俺の両手首を至極簡単に押さえつけている有坂に、特別腕力があるというわけではない。
それ以前に、この年下男は全く力を入れていないのだ。人よりも腕力には自信のある俺が跳ね除けられないことはない。理屈では。
「……逃げないんすか?」
有坂は重ねて問いながら、遅い動きで再び唇を重ねた。
(ヤだ)
気色悪い、だろう。ふつう。
俺にはまだ付き合って2週間も経っていない可愛い彼女もいるし、男なんかに興味はない。さらさら無い。無い筈なのに。
「……っ、…」
恐る恐るというような慎重さで、けれど素早く、酸素を求めて開いた僅かな隙間から舌が侵入してくる。
火傷しそうに熱いそれは、たぶん経験豊富な部類に入る俺からしてみれば、慣れない拙さを通り越してまるっきり自分勝手で。
条件反射で閉じた瞳を薄く開いてみれば、必死の形相できつく目を瞑っている校内でも指折りのコワイ顔。
(嫌だったら、なんだって?)
強気なのかなんなのかよくわからない相手の言葉を思い浮かべる。
(逃げろ?殴って?)
(そんなこと)
そんなことしたら、絶対に泣くくせに。
知っているのだ。
この後輩が、顔に似合わず泣き虫だということを。
道端で踏みつけられたタンポポの前にしゃがみこんで、労わるように撫でる横顔に涙を浮かべていたことも、実は知っている。
(……できねぇだろ、俺には)
そのときの表情を思い出して、なんとも言えない気分になった。
「………先輩、」
ほんの数ミリだけ離れた合間から、すきです、と、零して。
再び口内を不器用に蹂躙しはじめたそれに、躊躇いながら舌を絡めてみる。
途端、驚いたように目を丸くした有坂を笑って、噛み付くようにキスしてやった。
彼女にバレたらホモ扱いだと思ったけれど、一度スタートをかけてしまった身体はどうにも止められないらしい。


fin.

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