待ち合わせの時間に珍しく遅れて来た部下の顔を見て、すぐに気が付いた。 神経質に留められた釦と不器用に締められているネクタイのおかげで一応は隠れているけれど、それでも改めて見ると目が止まってしまう、真白いYシャツの襟元にうっすらと浮かんだ鬱血。 (……あぁ) そうか、と。 駅からそう離れてはいない、待ち合わせの場所に指定したこの喫茶店まで走って来たのだろう。真冬だというのに額に汗を浮かべて、席に着くこともなく頭を下げて謝罪するその姿に抱いた、小さな違和感。 店内の視線を痛い程に浴びながら、口許を緩めて座るように促す。けして苦くはならなかったであろう笑みにようやく安堵したのか、椎名恭一はほっとしたように深い息を漏らしてから向かいの椅子を引いた。彼が好きな紅茶を頼んでから、改めてその表情を眺める。 「…恋人でもできた?」 テーブルに両肘をついて、組んだ手の上に顎を軽く乗せる。 からかうような笑みを添えて問い掛けると、椎名は見る間の顔色を変えた。 目許から走った朱色は、いっそおもしろいくらいに耳や首を染めていく。前触れの無い唐突な質問にうろたえて、いつもはまっすぐに見返してくる瞳は宙を忙しなく彷徨い、自分のいるこの場所まで戻っては来ない。 「具合はどう?無理しないで、休んでてもいいんだよ、椎名」 そのままどこか遠くへと行ってしまいそうな意識に堪えられずに声を掛けた。意地の悪い内容だという自覚はあったけれど、今度は俯いたきりになってしまったことが痛い。 安易に予想出来たその反応は、肯定しているのと同じだということにきっと気が付いていないのだろう。 (…好きだなぁ) 愛しいと実感する。 赤面し、羞恥からか小さく揺れているその細い肩を。 一瞬でいい。 (抱き締めたい) ――― 出来ることなら。 「椎名、俺で良ければいつでも相談に乗るよ。伊達にこの歳まで独り者じゃないからね、わりと経験は豊富なんだ」 和ませるように紡ぐ軽口に眩暈がした。 意識せずに出て来る言葉の一文字一文字が、視界を塞いで暗闇を作っていくような感覚に囚われる。 けれどその茶番に騙される椎名がいるのだ。 何も知らずに自分を信頼し、兄のように慕ってくれる彼がいるのだ。 (何も、) 出逢った日から、今までの六年間を嘆くことなど無いように。 ひとつ残らず、全てを大切にしたい。 想いを伝える勇気など無いから、だからこそ傍にいて力になりたい。 「……幸せに、」 いつの間にか伏せていた瞼をゆっくりと持ち上げて、彼を見る。 「幸せに、なれるといいね」 はい、と、照れたようなはにかんだ笑顔に、胸の一部が軋んだ。 俺はうまく微笑えていただろうか。 fin. |
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