*open your eyes


叫んだ時には遅かった。
強い陽射しの届かない森の奥地に、高らかに鳴り響いた銃声。
肩を合わせ敵と向かっていた谷崎が、弾かれたように走り出す。
沈黙は一瞬にも満たない。
傾いた影へと言葉も無く向かう背中に友能も続いた。波のように押し寄せる砲弾をどうにか避けながら、構えた散弾銃の引き金を引く。引こうとして、不意に立ち上がった男に指を止めた。
たん、と、軽い音が数発。
生い茂った草に倒れる敵兵が視界に入る。
靴を滑らせ辿りついた場所は既に、夥しい程の赫が溢れていた。
「友能、寄越せ」
「ま、」
半ば無理やりに奪われた銃身が、赤い手の中に納まって躊躇無く火を噴く。それらは恐ろしいまでの確率で米兵へ命中し、神業か、それとも鬼でも憑いたかと疑いたくなる正確さで、次々に防具の無い喉を貫いていった。
常々、道中に転がっている虫すら避けて通る端整な横顔は、無表情に、辛辣に。
そしてただ容赦無く。
敵の弾が頬に朱を差し袖を破っても、身動きのひとつせずひたすら奪っていく姿に戦慄した。
純粋に恐怖した。
数歩先に辿り着いた部下が上着を裂き、鉄が抜けた男の腹部を縛り上げるのを手伝いながら、友能は伏せられた瞼を見つめる。
普段は軽口ばかりを叩き、何を考えているかなど他人に読ませたりはしない顔が、今は濃い苦痛だけを訴えていて。
(相模)
(相模どうか、)
どうか、目を。


「――― 征一朗」


柔らかい音を立てて、軽くなっただろう友能の散弾銃が草の上に落ちた。
顔を上げて辺りを伺えば、そこにはもう自分たちの他に動いているものは何もなかった。
「科野、科野来い!返事をしろっ、来い!」
怒鳴りつけるように衛生兵を呼んだのは谷崎だ。けれど声を張り上げるまでもなく、銃弾が止ん だのと同時に、少し離れて負傷兵の処置をしてい た科野が必死の形相で飛んで来る。
「どうにか出血は止まったが目を開けない。弾は脇に抜けている」
唇を震わせながらも相模の具合を伝える谷崎に、質素な医療道具を取り出した科野が大きく首肯した。患部付近を抑えれば呻く男を見て、再び頷いてみせる。
「大丈夫です、出血の量に比べて怪我はそう大した事は無い。内臓が傷ついているようでもありません。大丈夫、幸運にも、弾はどこも巻き込まず綺麗に抜けてくれた」
ほっとした。
若いけれど、入営前は外科医を目指し実践で学んでいたという科野の腕は確かだ。そして無理な時には無理だと偽らず告げる。その科野が生命に関わるようなものではないというのだから、そうなのだろう。友能は安堵し、ようやく涙を浮かべた谷崎の頭を抱き寄せた。
蒼白な相模の頬に、小さな雫が零れる。
驚いて見上げた先に予想した涙は無く、先程まで晴れていた空に分厚い雲が流れてきていた。本降りになるまでそう時間はかからないだろう。どこか雨宿り出来る場所は無いものかと巡らせた視線を促すように、すらりと長い指が東を示した。
「少し歩けば、洞窟がある」
変わらない口調で妙に静かな言葉を紡ぐのは、たった一人で両手に近い米兵を沈めた松原中尉だった。
「将寛と科野は他の負傷者を運べ。俺が前を行く。友能、」
―――相模を頼む。
声にはならなかった。
言葉にはならなかった。
指示に従い素早く同志たちの元へ走った二人の影を見送り、そう続けようとした筈の台詞は叩きつけるような雨に呑まれた。
松原中尉の、部下を抱き留めた時に血に濡れたのであろう指が、落ちた散弾銃を拾う。無言の命令を受けた友能は、出来うる限り優しく丁寧に相模の身体を背負った。
衝撃を与えないよう、足音ひとつに気を遣いながら走る。すぐに合流した谷崎たちと、軍人にしては華奢な背を追った。


「――――――」


微かな、幽かな声だった。
葉や土を叩く雫に溶けてしまう、そんな小さな声だった。
耳のすぐ間近で囁かれた友能すら、それを認識するには間があったというのに。
前を進んでいた松原の肩が揺れた。
空いている片手が、口許を覆ったようだった。


「……ちゅう………い……」


(馬鹿野郎め)
友能は低く唸る。
意識が無くても呼ぶほどに、それ程に気にかけているのなら、二度と松原にあんな顔をさせるなと思う。庇うくらいならば二人で避けろと、そんな無理難題でも吹っ掛けてやりたくなる。


―――征一朗。


着いた洞窟の中へ谷崎を伴って安全確認に行くと、そう言った松原中尉の視線が、僅かにずれて友能の肩を据えた。
せいいちろう、と。
唇の動きだけで呼び掛ければ、背中で眠る男が応えるように呻いた。
目が醒めたら殴りつけてやろうと思う。





fin.

* ブラウザのbackで戻って下さい。





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送