promise(戦国BASARA)


「某、まだまだ鍛錬が足りぬでござるな…」
何度目かの剣戟の後、いともあっさりと朱槍を弾かれた幸村が落胆し、けれどすぐに、しかし慶次殿はお強いと興奮気味に目を輝かせた。
どんな鍛錬をしているのかと問い詰められながら、彼は朗らかに笑う。
「虎や狼は鍛錬なんかしないんだよ、幸村」
「それでは分かりませぬ!」
「あっはっは、」
赤髪をくしゃりと撫でる掌。
自分の槍を土に立てて、まるで幼子をあやすかの如く、慈しむかの如く向ける視線は柔らかく。
(ーーーーあ、)
その双眸がちらりと、こちらを流し見た。
困ったように、笑って。



酷い雨が朝から降り続いていた。
耳をつんざく悲鳴や怒号、剣戟と法螺の音。
馬達の足元は滑り、大粒の雫が目に入り視界を遮る。
けれど勿論、忍の佐助にとっては大した影響は無く、寧ろ相手方が右往左往している現状は手間が省けて助かる程。
そしてそれはどうやら忍でも無い風来坊の彼も同じであるらしく、長い髪と奇抜な着物が水を含んで重みを増していても、常となんら変わらぬ様子で敵を薙ぎ倒していた。
こちらにとっては味方に当たる兵を、だ。
(全く参っちまうね)
群れる兵達に阻まれて未だ近付き切れぬ彼の、いっそ惚れ惚れする強さには本当に参ってしまう。
あれだけ幸村と懇意にしているのだから、こちら側についてくれれば大分佐助の苦労も減るだろうに。
そんな馬鹿げた発想に一人笑い、そして同時に、闇雲に向かって来る敵を確実に一撃で仕留めた。
何としても出遅れる訳にはいかない。
約束を、したのだ。



「アンタ、何のつもり?」
信玄に呼ばれて名残惜しげに駆けて行った幸村の背中を見送った後、佐助は木の枝にだらりと身を横たえながら問うた。
慶次はその木の根本に腰を下ろし肩に乗っている猿をあやす。あやす傍ら、佐助を一度見上げはしたものの、返事は寄越さない。
「ちょっと、真面目に聞いてんだけど?」
苛々と身を起こす。
クナイの一つでもその足元に投げ付けてやろうか。そんな物騒な事を考えた矢先、彼はまた佐助を見上げて笑った。
「幸村は俺に勝てないよねぇ」
「ッ、今すぐ殺して欲しいの!?」
「あはは、」
佐助が思わず怒鳴りつければ、また笑う。
その悪びれない笑顔に相手にする気力も失せて、知らず溜息を落とした。
飄々とした態度は前々からの事だが、最近は益々何を考えているのか計りかねる。
上杉と懇意にしている上で幸村にも近付く。けれど上杉に武田の情報を流している風でも無く、その意図が分からず手を焼いてしまう。
だからといってこのまま好きにさせて置く訳にもいかなくて、幸村はそんな佐助の心中を知ってか知らずか慶次に酷く懐いていて。
「ねぇ、佐助」
「アンタに呼び捨てられる筋合い無い」
悶々とする思考に割り込む甘やかな声に苛立ちが増す。素っ気なく言い捨てても笑う声に頭痛までする有り様。
「…アンタ、本当さァ、」
「幸村を守ってね」
うんざりと言いかけた言葉を遮って、慶次が呟いた。
よっこいしょ、と漏らしながら立ち上がる姿を訝しく見下ろす。 そんな佐助を見上げて彼はまた笑い、まるで睦言でも交わすかのように立てた小指をこちらへ伸ばして。
「約束だよ」


「慶次、殿、?」
幸村の声が震えていた。
ずぶ濡れの土の上に、朱槍が落ちる。
辺りはもうすっかり屍の山で、今の所急襲して来そうな輩はいない。だから槍を放した幸村を咎めずに、佐助はクナイを引き抜いた。
肉を無理矢理に引き裂く感触。
溢れた血が手を汚す。真っ赤な鮮血は澱みが無く、まるでこの男そのものだと思った。
「佐助、お主、何を…何をして…ッ!」
「…幸、村…」
心底からの怒りに炎をたぎらせ激昂する幸村を、彼が呼ぶ。 びくりとクナイを握っていた手が震えた。
(え、)
幸村と、彼がまた呼ぶ。
囁くような声は雨音に消されてしまう程小さく、すぐ背後に立つ佐助の耳にようやく届く。
「え、前田の旦那?」
間の抜けた声が出た。
返事は無く、ぐらりと揺れた肢体。
「っと、だん…」
「触るな!!」
思わず伸ばした手はけれど、駆け寄って来た幸村によって彼に届かず宙を掻いた。
泥に汚れるのも構わずに膝を着き、佐助から彼を守るように腕に抱いて睨み上げてくる双眸。
憎しみと哀しみと悲しみを湛えた、強い眸。
「触るな」
けれどその視線にも構えぬ程、佐助は動揺していた。
(どうして、)
何故まだ生きている?一撃の致命傷を、自分が死んだ事にも気付かぬ一瞬の衝撃を与えた、筈だというのに。
(手元が狂った?まさか)
そんな筈は無い。
この手が確実に、感触を覚えている。
深く、深く心臓を貫いた感触。
茫然と佇む佐助の肌が、彼の笑う気配を感じ取った。
ぎこちなく動かした双眸で、目の前の二人を見る。
「…佐助、を、…叱ったら…だめ、だよ…」
「慶次どの…!」
幸村の膝に頭を乗せて、彼はへらりと緩やかな笑みを浮かべた。 途端に自分から外れた殺気。
雨にも負けぬ炎は消えて、若虎の浮き名を掻き捨てて、一心に彼を抱く。
「…‥ゆき…、…を、…‥よかっ……」
重たげに持ち上げた片手の指先が、幸村の頬をなぞり。
いつかの如く佐助を流し見て、
見たから。
(あぁアンタ本当何なの)
うんざりと空を仰いで、目に入る雨粒に視界が歪む。
約束を知らぬ幸村に恨まれても、良かったのに。
だからわざわざ急所を、せめて苦しまないようにと。それなのに。
(何なの、)
ーーーありがとう、
彼は最期の最期で、そう笑った。


fin.

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