*それは彼にとって深刻な問題 (後)





「はぁ?」
ソファからベットに移動して3回戦までこなした後ようやく聞きだした理由に、伶は心底呆れた。
気怠い身体を起こし、傍に脱ぎ散らかしてあった慎司のジーンズから煙草の箱を拾う。一本取り出して唇の端で咥え、すかさず隣から差し出されたライターの火に先端を近づけた。ゆっくりと吸い込んだ息とともに煙が白く立ち昇る。けれどタールの軽さが鼻について、すぐに持ち主の唇へ押しやった。
「花火が、なんだって?」
汗と互いの精液に濡れた下半身をタオルケットで隠しながら、確認するように問い掛ける。するとやることをやってすっかりご満悦らしい男は、受け取った煙草を機嫌良く灰皿の上で潰した。
「しただろ?後輩たちと」
「した。したけど、それがなんだっつーの?」
「俺とはまだ一回もしてないんだよ」
「………出た」
僅かに表情を曇らせた慎司にうんざりと天井を仰いだ。
毎日が記念日のアニバーサリー女と張るよコイツとか思う傍らで、それでも級友という線を越えてから2年が経つ今でも本当に愛想が尽きたりしないのは、こんな女々しい独占欲丸出しの男に惚れているせいなのだろうとも思う。重症だ。
「………しただろうがよ。隅田川の花火見たあと、ガッコの屋上でやっただろ」
記憶力の無い頭を巡らせて巡らせて、さらに働かせてようやく浮かんだ火花。
あれは確かに花火だった筈だ。
じっと凝視してくる目を反らさずに、伶は真横にある肩に指を乗せる。日々の部活動で鍛えられた上腕筋は逞しく、人よりも若干肉付きの悪い伶の腕と並べると無駄の無い筋肉が一層映えた。
海やプールなどの人目に触れる場所で隣合うのは心底嫌だが、こうしてふたりきりでいる時ならば寧ろ脱いでいてくれた方が嬉しい。女みたいな湿っぽい愚痴とのギャップが好きなのだ。
「それは去年の話。今年はまだなんだよ、伶」
肩をゆっくりと撫でていた手首を取られ、顔を上げた。大差ない身長差のせいで鼻がぶつかりそうになったが、それを器用に避けた男の唇が頬から耳朶へ滑っていく。
「それなのに今年一番の花火を他の奴とやるなんて、愛が足りない証拠だろ?」
もう何度となく聞いてきた台詞だ。
「足りないと別れんのか」
そして返す言葉もやはり、しつこく繰り返してきた言葉。
慎司は耳の裏へと顔を埋める。肯定するように頷く傍らで、髪の香りを確かめるように呼吸をした。
「なら、どうすればいいワケ?」
俺は別れる気なんかさらさらねぇんだと、再びベットに縺れ込もうとする男の後ろ髪を掴んで引く。目が合うまで引き離した先、不満そうな顔を見つけた伶は、今度は引き寄せてその唇を塞いでやった。
途端に侵入してくる熱。
それは伶にとって愛すべき単純さだ。
「………っ、は……」
思うさま口内を蹂躙され、呼吸が乱れる。
甘い温度を孕んだ吐息が触れ合う距離で、慎司は真顔で言った。
「俺のこと、好き?」
「ばっかじゃねぇの、オマエ」
即答して、慎司の目に浮んだ涙を親指の先で拭う。なんだよと唸る口を、もう一度、今度は啄ばむような軽いキスで黙らせて。

「――― っつーの」

我侭な恋人は酸欠の真っ赤な金魚のように口を動かしていたが、やがて黙って顔を背けた。
怒ったのかと思って覗き込んだところを殴られる。
今回も、どうやら合格点は貰えたらしい。



fin.

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